入学式を迎えて

鼻息荒めで迎えた入学式、この日のために買ったカッコいい男児スーツ(スタンドカラーシャツ×サルエルパンツ、大人のこなれ感)とこの日のために母に縫ってもらったモリスのワンピースで臨むも、夫が撮った母子の写真はまぁ酷いものでありました(引きすぎる)。やり直したい。来年、新一年生にまぎれてもう一度「入学式」の看板前で撮りたい。先生に言ったら 「入学式」の看板って貸していただけるんだろうか。そんな気持ちでいっぱいの四月、皆様いかがお過ごしでしょうか?

入学式

私と言えば小学校からのプリントに圧倒されるエブリデイである。細かいお知らせが毎日あるので、1週間分くらいのまとめて1枚にしていただけると把握しやすいのだけどと勝手なことを考えてみたり(もちろん先生には何か意図があるのでしょう。よく分からんけど。)、わら半紙に印刷された給食便りに好きだった給食を思い出したり(サバの味噌煮、きな粉揚げパン)、15年ぶりくらいに見た東京書籍の「新しい国語」の教科書に懐古的な思い出を重ねたりしている。ゴン、お前だったのか....(´°̥̥̥̥̥̥̥̥ω°̥̥̥̥̥̥̥̥`)

教科書

そして先日の地震で、私の小学生入学時の写真が発掘される。何とタイムリー!しかも母がそれを茶の間に飾る。それを見た夫に「君、パンッパンだなぁ」と笑われる。

しかしこの写真、私は自分より父と母に目が行った。今の私と同じくらいの時の両親、今の私と同じ年頃の子供を育てていた両親。何を思って過ごしてたのだろう。

そう思って、今の父母を見てみる。
ランドセルが届いた日、息子より父と母のほうが嬉しそうだった。ああ、そうか、この子は随分と愛されて育っているんだ。と、そう思った。

ランドセル

息子だけでなく、私に対してもきっとそうなんだろう。
夫に言わせればパンッパンな写真をわざわざ額に入れて茶の間に飾ってるのも、パンッパンな私を今も可愛いと思ってくれてるからに違いない。もしくは単にパンッパンでオモロいと思ってるかのどっちかだ。前者であって欲しい。

「愛されて育った子は無垢な顔をするんだよね」と写真集「あいもかわらず」を見た母が言っていた。

息子はどうだろう。そんな顔してるのかな。

無垢な顔

確かにわかることは、息子は愛されて育っているということだ。私たち家族だけでなく、幼稚園でも大切に手をかけていただいた。今までお世話になった方々への感謝は筆舌に尽きない。

卒園式での名前を呼ばれたときの「はい」はかつて無いほど凛々しく大きな声だった。高橋英樹が演じる侍のようなずっしり重く強い「はい」だった。連日輪ゴムをひたすら編み続けるという謎な男が高橋英樹に変身するとは誰が予想できただろうか。

輪ゴムを編む男
卒園式

学びの門に足を踏み出した君よ、これから君はどんどん前に進む。得た学びの一つ先が見たくて、また進む。

「一生そばにいるから」とよく歌っているけど、母は知っている。君はいずれここから去るだろう。その日まで残された時間はどれだけあるんだろう。当たり前過ぎて素通りしているこの時間が、当たり前じゃ無いと気付かされるのはいつだろう。

あの頃の両親は同じような気持ちだったのかな。わかった上でいつも変わらずに接してくれてたから、私も同じように。

いつか君が巣立つ日まで、毎朝飯を炊く。毎晩本を読む。金曜に映画見て、時に怒りすぎて後悔する。
そんな日をひたすら続けよう。いつか君の子の晴れの日に、ただにっこりと笑い、歩みの実りを喜び、感謝しよう。それでいいんだよね父さん母さん。
今までもこれからも、愛してくれてどうもありがとう。

家族写真

Profile/関えり子

関えり子さんプロフィール写真

「宮城県生まれ宮城県育ち。6歳男子と2歳女児の母。 映画サントラと森見登美彦の小説が大好きで映画音楽×森見調の文章×自分の写真で構成した「どうでもいい話をしよう」(Instagramストーリーズ)に全力を注いでおります。一切有益な情報はございません。無益こそ美しい。 美味しい五目焼きそばとエリザベス女王がよくお召しになっているお洋服探しをライフワークとしてます。卒園式・入学式に着たいのですがどこで売ってますか?」

プロフィールアイコン hoshiwonderful
イージーバナー
イージーライティングボードバナー